活動報告

咸臨丸子孫の会の活動や関連の催しについて報告します。
印は、会主催および会員対象の活動です。

2025年 ◎令和7年

12月7日(日)
壬生町立歴史民俗資料館の企画展を見学
栃木県壬生(みぶ)は、咸臨丸で木村摂津守の従者として渡米した斎藤留蔵の出身地です。その壬生町立歴史民俗資料館で「子爵鳥居忠文とハワイ王国 ~岩倉使節団からハワイ領事へ〜」展(会期11月8日〜12月21日)が開かれており、留蔵の子孫4名を含め会員7名で見学に出かけました。
企画展の主人公・鳥居忠文は、鳥居家12代で、壬生藩最後の藩主(壬生藩知事)です。忠文は廃藩置県で免官となった後、岩倉使節団の留学生として(この時、留蔵も一緒)渡米し、大学で学びながら12年の滞米生活を過ごし、帰国後は子爵を授かってハワイ王国ホノルル府を拠点に外交官人生を歩み始めます。当時のハワイ王国は、アメリカとアジアの中継地としてアメリカ市場向けのサトウキビ栽培が盛んで、アジア人移民は労働力として望まれており、忠文はハワイ王国副領事を経て総領事代理に任命され、ハワイ王国との懸け橋となって移民事業を進め、語学力や藩を治めた統治力を活かして、日本人移民の労働条件の改善や生活環境の向上のために尽力したとのことです。
日本人初の「官約移民」がハワイに上陸して140年目という節目に、ハワイと壬生町のゆかりに焦点を当てたこの企画展には、忠文の功績に関する様々な資料を初め、岩倉大使横浜出航の様子を描いた水彩画や岩倉使節団に参加した人々の約30年後の「同行記念会」の写真(津田梅子や大山捨松も写っている)、ハワイ王国カラカウア王の肖像画やサトウキビ畑で働く日本人労働者の様子が描かれた絵画、当時の日本総領事館の写真など、たくさんの貴重な展示物が集められており、資料館の学芸員の方々の説明を受けながら興味深く拝見しました。
資料館では、1995年から現在のような郷土の偉人とその功績を紹介する企画展を開催しており、2004年には斎藤留蔵も取り上げられています(「壬生のサムライ太平洋を渡る」展)。

企画展のチラシ


資料館の前にて
11月1日(土)
「小野友五郎を伝えてゆく会」主催のイベントに参加
小野友五郎の出身地・茨城県笠間市で、笠間市合併20周年記念イベント「笠間の和算は楽しいぞ!」が開催されました。「小野友五郎を伝えてゆく会」の主催、笠間市および笠間市教育委員会の共催で、会場は市立大原小学校でした。
午前中は、今年で4回目の開催となる小野友五郎新聞コンクールの表彰式がありました。
笠間の小学生475人の応募の中から32人が入賞、その中から最優秀賞、優秀賞に輝いた11人が当日表彰されました。
午後には、「笠間の和算家 小野友五郎と光又柳見斎」と題する講演会が開催されました。
定員100名の会場がほぼ満席となり、「小野友五郎を伝えてゆく会」初代会長・杉田捷機氏による開会の挨拶の後、鳴海風氏(作家、当会会員)による「江戸の天才数学者、小野友五郎」、笠間市史研究員の幾浦忠男氏による「最後の和算家、光又柳見斎」、群馬県和算研究会会長の長井宏之氏による「香取小原神社の算額」の講演がありました。
講演会の後は当日だけ特別公開された「香取小原神社の算額」の見学に行きました。25問の和算の超難問が書かれているそうです。
当会からは、主催者「小野友五郎を伝えていく会」の会長など関係者3名、講演者・鳴海風氏のほか2名が参加しました。

小野友五郎新聞コンクールの表彰式

鳴海風氏の講演
8月15日(金)
きこない咸臨丸まつり2025に参加
咸臨丸終焉の地である北海道木古内町では、今年も例年どおり、咸臨丸まつりが町内のみそぎ公園で開催されました。ステージではセレモニーのほか、ダンス、演舞、歌謡ショーなどが繰り広げられました。咸臨丸子孫の会の会員の参加者は7名でした。

7月27日(日)
矢祭町歴史講演会の特別セッションに登壇
福島県矢祭町において、「令和7年度矢祭町ふるさと人づくり事業」として歴史講演会が開催されました。会場のユーパル矢祭多目的ホールは200名の聴衆で満員でした。
第1部は遠藤由紀子氏(昭和女子大学歴史文化学科非常勤講師)が「幕末明治期に海外を経験した豪傑たち」と題して講演し、万延元年遣米使節の小栗忠順、その随行艦・咸臨丸の勝海舟・福沢諭吉・ジョン万次郎、文久遣欧使節団の松平康直(後の16代棚倉藩主)、岩倉使節団の津田梅子・山川捨松等を取り上げました。その中で地元矢祭町出身の吉岡勇平(咸臨丸乗組士官)にも言及して、会場は大いに盛り上がりました。
第2部は遠藤氏の司会により「咸臨丸子孫の会」特別セッションが開かれました。
パネリストは、この講演会を企画開催した佐川正一郎矢祭町町長はじめ、木村摂津守、勝海舟、小野友五郎、濱口興右衛門、榎本武揚の子孫5名(いずれも当会会員)。咸臨丸が渡米して日米関係の構築に寄与したことを中心に、先祖のエピソードなどを交えてトークセッションが行われました。小野友五郎の説明の際には、第1回咸臨丸サミット in 笠間を開催した「小野友五郎を伝える会」の方々も紹介されました。
そのほか会場には当会の会員5名、幕末史研究会の5名が出席しました。


4月26日(土)
咸臨丸フェスティバル2025に参加
横須賀市の浦賀レンガドック脇の特設会場で、咸臨丸フェスティバル2025の式典が開催され、子孫の会会員19名、関係者6名と近年最大の25名が出席しました。北海道木古内町(咸臨丸終焉の地)、福島県矢祭町(吉岡艮太夫の故郷)の各町長が来賓として紹介されました。
ほぼ例年同様の式典後のレセプションでは、いつもより立派な料理が提供されたこともあり、あちこちで、久しぶりに顔をあわせた子孫の会の会員同士の歓談の輪が広がりました。

日蘭米の国旗の前で記念撮影
4月16日(水)
徳川家臣団大会2025に参加および壮士墓に墓参
毎年、家康公の命日前日である4月16日に催される徳川家臣団大会が、今年も静岡市で開催され、当会からは、藤本増夫会長ほか7名が参加しました。
大会前には、清水港の壮士墓(次郎長が建立)に墓参し、長年に渡って壮士墓を維持管理して下さっている“次郎長翁を知る会”の方々と交流しました。
清水マリナートで開催された家臣団大会では、徳川宗家第19代当主・徳川家広氏のご挨拶に続き、各家臣団の紹介があり、藤本増夫会長が咸臨丸子孫の会を代表して、榎本隆一郎氏が開陽丸子孫の会を代表して挨拶しました。
続いて、小和田哲男静岡大学名誉教授による講演「新説・関ヶ原の戦い」があり、小和田教授(東軍)と太田浩司・淡海歴史文化研究所所長(西軍)による対談「新説・関ヶ原の戦い“東西対決”」が行われました。
夕食交流会は、例年通り徳川慶喜公ゆかりの浮月楼にて催されました。

壮士墓にお参りする藤本会長
2月1日(土)
咸臨丸子孫の会 2025年度総会
第27回(2025年度)の総会が東京霞が関で開催され、遠方からも含め43名の会員が出席しました(その他懇親会には関係者7名も参加)。
藤本増夫会長の開会挨拶ののち、例年通り、昨年度の活動・決算・会計監査の報告、今年度の活動計画・予算案・役員人事の各議案が諮られ、原案どおり承認されました。最後に、発行されて間もない30年記念誌『咸臨丸子孫の会30年の歩み』について編集長から報告がありました(冊子は後刻、出席者に配付)
総会終了後、小野友五郎の玄孫にあたる小野孝太郎さんが「小野孝太郎から見た小野友五郎と、小野友五郎から受けついだもの」と題してミニ講演を行い、移り住んだ茨城県笠間(小野友五郎の郷里)での活動の抱負を熱く語りました。
記念撮影をはさんで、着席のビュッフェスタイルの懇親会に移り、2時間ほど和やかに歓談しました。多くの参加者が短いスピーチで近況を語り交流を深めました。

総会会場での記念撮影
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