報道記事

2016年 ◎平成28年

◆ 海舟・龍馬「師弟像」/赤坂 邸宅跡に
読売新聞 2016.9.11
〔内容〕
9月10日、東京港区赤坂の勝海舟邸宅跡地で、海舟と龍馬の銅像の除幕式が行われた。海舟は坐像、龍馬は立像で師の身を守る姿をしている。「勝海舟・坂本龍馬の師弟像を建てる会」が昨年から署名活動や募金活動を続けて実現にいたった。
〔掲載写真〕
除幕された勝海舟(左)と坂本龍馬の銅像
◆ 全国家康公ネット発足/静岡、浜松、岡崎市と商議所連携/ゆかりの地 魅力発信
静岡新聞 2016.4.17
〔内容〕
静岡市で4月16日、家康公ネットの設立総会が開かれた。2015年に展開された家康公顕彰400年記念事業の後継組織で、会長に徳川記念財団理事長の徳川恒孝氏、副会長に静岡・浜松・岡崎の3市の市長と商工会議所会頭が就任した。 同日、徳川みらい学会が「徳川家臣団大会2016」を開催し、幕臣の子孫や関係者など総勢450人が交流会やシンポジウムに参加した。シンポジウムのテーマは「平和の礎を築いた徳川のブレーンたち」で、基調講演をした山本博文・東京大学史料編纂所教授を進行役に4人のパネリストが意見を交わした。
〔掲載写真〕
(1)設立総会壇上の徳川恒孝氏
(2)家臣団大会2016のシンポジウムのパネリストたち
◆ ふるさと再訪/備讃瀬戸の島々 5/廻船で栄えた塩飽
日経新聞 2016.4.2
〔内容〕
備讃瀬戸の島々シリーズの第5回。大小28の島々からなる塩飽諸島の中心、本島を訪ねる。塩飽の人々は巧みな操船・造船技術で知られ、江戸時代には「人名(にんみょう)制」という自治制度があった。かつての政庁で、現在は歴史資料館となっている塩飽勤番所には、徳川家康朱印状(複製)などが展示されている。島は廻船で潤い、のち廻船業が衰えたあとは船方の多くが大工職に転業し、岡山、高松、大阪、神戸などで技を振るった。幕末の咸臨丸渡米に乗り組んだ水夫50人のうち35名が塩飽出身者で、本島港の脇には咸臨丸渡米150周年の顕彰碑が立つ。咸臨丸子孫の会会長の藤本増夫さんは「神戸の洋風家具の発祥にも塩飽大工がかかわった」と話した。
〔掲載写真〕
塩飽勤番所で資料を説明する勤番所顕彰保存会会長の吉田智彦さん
◆ 3・11から未来へ/石巻の記憶 雑誌で残す/横浜の作家・大島さん 昨年創刊
朝日新聞(第2神奈川) 2016.2.23
〔内容〕
横浜市金沢区の大島幹雄さん(62)が昨年末、故郷の宮城県石巻市をテーマにした雑誌『石巻学』を創刊した。津波被災のため失なわれてゆく過去を掘り下げて記録し、文化を見つめることが未来へつながるとの考えからだ。創刊号には、石巻市釜谷地区の祭りの写真、復活した鉄道の旅行記、インタビュー、魚市場の物語など多彩な記事が掲載されている。刊行は不定期で、まずは10号までが目標という。発売元は仙台市の荒蝦夷。
〔掲載写真〕
(1)震災前の獅子巡行
(2)大島さん
(3)『石巻学』表紙など
◆ 浦賀奉行所 復元めざせ/開設300年へ 市民団体が署名活動
朝日新聞(神奈川) 2016.1.18
〔内容〕
浦賀奉行所は江戸時代の1720年に設けられ、2020年で開設300周年を迎える。奉行所廃止後、建物は取り壊されたが、周囲の堀の石垣などが現存する。幕末に奉行所与力だった中島三郎助をたたえる活動をしている市民グループ「中島三郎助と遊ぶ会」では、横須賀市のシンボルとして、また観光振興の起爆剤としてよみがえらせたいと、復元をめざすことになった。奉行所の間取り図が残っており、復元は可能という。
〔掲載写真〕
(1)横須賀市西浦賀の奉行所跡地
(2)横断幕を広げる「中島三郎助と遊ぶ会」メンバー
◆ 櫃石島 歴史編さん/島出身の坂出市職員浜本さん/10年かけ ももて祭りなど調査
四國新聞 2016.1.14
〔内容〕
櫃石島出身で坂出市職員の浜本敏広さん(57)が、塩飽諸島の一つ櫃石島(同市)の歴史や民俗を冊子にまとめた。10年かけて聞き取りや調査を行い、ももて祭や石仏信仰など島の風土や、江戸末期に咸臨丸で渡米した塩飽水夫などを詳しく紹介している。
〔掲載写真〕
冊子を手にする浜本さん
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2015年 ◎平成27年

◆ 浦賀ドック 8棟取り壊し/建物老朽化 れんが積みドックは対象外
朝日新聞(神奈川) 2015.10.30
〔内容〕
横須賀市浦賀で造船の拠点として一時代を築いた住友重機械工業の浦賀ドックの建物のうち、残存する16棟の半数の8棟が11月から取り壊されることが明らかになった。大がかりな解体は2003年の工場閉鎖後初めてで、地元では跡地の活用を求める声も多い。1899年建造で、歴史的価値が高いれんが積みのドライドックは今回の解体の対象外となっている。郷土史家は「時代の流れだが、寂しい」と語る。
〔掲載写真〕
旧浦賀ドックのれんが積みのドライドック
◆ 咸臨丸子孫の会講演会/於咸臨丸フェスティバル(2015.5.23)
レンガドックかわら版 8号 2015.10.1
〔内容〕
咸臨丸子孫の会幹事の小林賢吾さんが、浦賀出身の先祖、濱口興右衛門について講演した。濱口興右衛門は浦賀奉行所の同心で、安政2(1855)年、浦賀奉行所が建造した鳳凰丸の乗組員となり、万延元(1860)年には、咸臨丸に教授方・運用方として乗船し、アメリカへ渡航した。その後、明治3(1870)年には横須賀製鉄所に勤務し、多くの艦船造船に携わった。
〔掲載写真〕
講演会光景
◆ 手作り山車 マチに彩り/木古内 咸臨丸まつり開幕
北海道新聞 2015.8.16
〔内容〕
北海道木古内町のサラキ岬沖で座礁、沈没した咸臨丸をテーマにした「第11回きこない咸臨丸まつり」が、15日木古内町内で始まった。木古内商工会などが主催し、町民約200人によるパレードが市街地を巡行した。北海道新幹線車両や咸臨丸など6基の山車が沿道の人々を楽しませた。
〔掲載写真〕
駅前通りを巡行する山車のパレード
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2014年 ◎平成26年

◆ 『咸臨丸の絆/軍艦奉行木村摂津守と福沢諭吉』
世界の帆船(ブックガイド欄) 2014.12
〔内容〕
万延元年、咸臨丸で太平洋横断航海を果たした軍艦奉行木村摂津守と従者をつとめた福沢諭吉の人間的な交流を描き、艦上の人間模様も活写する。
〔掲載写真〕
『咸臨丸の絆』表紙
◆ 木村摂津守と福沢諭吉 絆を描く/さいたま市の宗像さん出版/航海の実相に迫る
東京新聞(地域の情報・広域) 2014.9.24
〔内容〕
咸臨丸子孫の会の会員である宗像善樹さんが『咸臨丸の絆 軍艦奉行木村摂津守と福沢諭吉』を出版した。木村と福沢は咸臨丸で太平洋をわたって以来、互いに「木村様」「先生」とよびあい終生深い関係を結んだ。その絆を描く。
〔掲載写真〕
書籍表紙、著者宗像さん
◆ <神戸海軍操練所>開設150周年/勝海舟らの偉業しのぶ
毎日新聞 デジタル版(神戸版) 2014.8.31 
〔内容〕
幕末の「神戸海軍操練所」の開設150周年を記念する行事が、30日、神戸市中央区新港町の跡地周辺で開催され、創設を提言した勝海舟の子孫、咸臨丸乗組員の子孫などゆかりの人々約40人が参加した。勝海舟が艦長となって太平洋を横断した咸臨丸にちなみ、咸臨丸乗組員の子孫らが、咸臨丸にみたてた帆船で神戸港を周遊したのち、跡地の石碑に献花した。
◆ 「勝の先見性」思いはせ/神戸の礎 海軍操練所開設150年で式典
産経新聞 2014.8.31
〔内容〕
勝海舟が進言し、日本海軍の礎を築くために設置された神戸海軍操練所が開設150年となり、神戸市中央区の操練所跡碑で30日、記念式典が開かれ、勝の玄孫、高山みな子さんら約40人が参加した。操練所は約1年で閉鎖されたが、坂本龍馬や陸奥宗光らも学んだ。主催した咸臨丸子孫の会の藤本増夫会長は、「神戸を国際的な港町として育てた勝の先見性を知ってほしい」と語った。
〔掲載写真〕
操練所跡碑に献花する参加者ら
◆ 船大工の子孫ら功績たたえ式典/神戸海軍操練所 開設から150年
神戸新聞 2014.8
〔内容〕
勝海舟が進言し、坂本龍馬が学んだ神戸海軍操練所が今年150年を迎えた。わずか1年で閉鎖されたが、元所員の船大工らはそこに残って西洋の建築技術を吸収し、神戸居留地の施設などを建設した。咸臨丸子孫の会が30日、記念式典を開く。勝の玄孫や船大工の子孫ら約30名が参加する予定。
〔掲載写真〕
海軍操練所跡の碑の前に立つ咸臨丸子孫の会の藤本増夫会長
◆ 復元菱垣廻船披露で能「高砂」奉納し祝う/大阪・港区の港住吉神社
産経新聞 2014.7.16
〔内容〕
菱垣廻船を3分の1の縮尺で復元した「浪華丸ヒガキくん」が、7月12日、港住吉神社に搬入され、15日、宝生流能楽師の辰巳万次郎さん(54)らが能「高砂」を奉納した。大阪市立海洋博物館(昨年閉館)に展示されていた別の実物大の菱垣廻船の製作の際、モデルとして作られたもので、昨年「築港・天保山にぎわいまちづくり実行委員会」が、帆や船体脇の飾りなどと付け加えて菱垣廻船の姿に復元した。
〔掲載写真〕
「浪華丸ヒガキくん」の設置を記念し、夕暮れの中、演じられた能
◆  咸臨丸子孫の会『20年の歩み』発行/発足までの記録や思い出など記し
岳南新聞 2014.5.4
〔内容〕
富士地域にも多くの関係者が残る咸臨丸子孫の会が記念誌を発行した。静岡県にも咸臨丸ゆかりの史跡は多く、2011年には会員が県内のゆかりの地を巡ったほか、2012年には富士宮人づくりの会主催で咸臨丸に関する講演会も開かれた。会員が思い出や先祖などについて記し、富士宮市在住で咸臨丸乗組員・斉藤留蔵のひ孫にあたる尾駒眞理さんも寄稿している。
〔掲載写真〕
発行された記念誌『咸臨丸子孫の会20年の歩み』
◆  150 年経っても忠臣ゆるがず/18代当主感激!/“徳川家臣団”が静岡に集結
産経新聞 デジタル版 2014.4.19
〔内容〕
静岡市で4月16日、「平成の”徳川家臣団”大会 in 静岡」が開かれ、家臣の子孫や関係者など1200人が集合した。子孫らが作る5つの団体約130人も参加した。小和田哲男・静岡大学名誉教授が「徳川家臣団の固い絆」と題して講演。パネルディスカッションには勝海舟玄孫の高山みな子さん、榎本武揚曾孫の榎本隆允さんが参加して、日本の近代化の過程で元家臣たちが果たした役割などを語った。
〔掲載写真〕
(1)徳川家臣団子孫の会の代表に記念品を渡す徳川宗家18代当主、徳川恒孝さん
(2)「グレート家康公『葵』武将隊」の演舞
(3)壇上の德川恒孝さん
(4)挨拶する咸臨丸子孫の会の藤本増夫会長
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